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徳之島ノート

2013.8.11

徳之島ノート No. 2「面縄の浜辺でなぜ撮影するのか」

_2013.8. 面縄浜MG_6094

徳之島南端の集落、面縄の浜辺で、わたしが何故ピンホール写真を撮影するのか。東京からわざわざやって来て、ウミガメ産卵の砂浜で撮影をする、その訳を明確にしなければならないだろう。

昔の徳之島の伊仙村、面縄はわたしの父、そして父の父が生まれ育った場所である。母も、母の母も同じ伊仙で生まれ育った。両親ともに同じ村の出身なのである。わたしが生まれたのは東京であるが、生後数ヶ月経ったわたしと母と姉とで、戦後まだ米軍統治下の奄美、徳之島の面縄の祖父の家にやって来た。その頃の島は食糧難、住宅難の東京に比べ、まだ豊かな自給自足の村であったからだ。乳児だったわたしは母や姉、祖母、そして面縄集落の人々の愛護の下で育ったに違いない、だがその記憶はまったくない。しかも母が死ぬ思いをしたと語る3歳の時、闇舟で面縄港から熊本、三角港へ密航して上京したときの記憶の片鱗も、ない。

面縄の夏の浜辺は徳之島でも有数のウミガメの産卵地である。わたしの祖父、祖母の家の目の前がその珊瑚礁の砂浜なのである。その浜辺にカメラを設置して中に籠りピンホールカメラの暗闇に身を横たえると、遠い乳児の頃の記憶が甦るような気がするのである。この波打ち際で海に浸かった遥かな記憶が戻ってくるように思うのである。ウミガメの子が孵化して海に帰ってまた戻ってくるように、わたしもこの浜辺に戻って来て育ててくれた場所の記憶を甦らせてみようと思っているのである。宮本隆司・記

Photo © Ryuji Miyamoto 2013